僕は、僕のことを誰も知らない、この街にやってきた。
ここに来なきゃいけなかった理由は僕にもわからない。
ある日突然自分の心の奥底で、「今日12時にこの街の海岸にいけ!」と聞こえたのが最初だった。
それ以来ちょくちょく夢に出てくる男がいる。
男はどこかで僕と会ったことがあるようだけれど、僕にはまったく検討がつかない。
しかもこの夢を見ると、僕は必ず目を覚ます。
最初のうちは1週間に1度でるかでないかぐらいだったのだが、最近はほぼ毎日夢にでてくるようになった。
決まって毎回、「今日の12時にこの街の海岸にいけ!」と何回も呟くのだ。
あまりにも気味悪いのでお払いにも行った。
予想通り夢を見ることに変わりはなかった。
今度は精神病院にも行ってみた。
やっぱり何も変わらなかった。
このまま一生安眠を奪われたらかなわないと、僕なりに男の呟いた地名を調べてみた。
何の変哲もない海沿いの街。
もちろん僕には何の関係もないところだ。
家族との旅行でも、修学旅行でも、幼稚園の時の遠足でも、やっぱりこの街には来たことが無い。
正直不安だった。
ただ、不安に思いつつもやってきたこの街は、僕の心とは裏腹にとても気持ちのいいところだった。
海に近いこの街は、柔らかな日差しと潮風が優しく迎えてくれた。
まだ海水浴の季節には早いので、僕のいる海岸には誰もいない。
見えるものといったら砂と海と水平線の彼方にぼやけて見える街ぐらいだ。
こうして海岸にぼ〜っとたたずんでいる僕を見る人も当然いない。
ただ1人きりだ。
自分1人。
街中で自分は1人ぼっちだと常々思うことがあるけれど、誰かが、人がいるから1人だということはない。
部屋にいるときも、本当に1人きりということはないのだ。
誰かの声が聞こえる限り人は安心を覚える。
その安心が無いときが1人ぼっちなのだ。
そういう意味ではこの海岸にいる僕は1人ぼっちであると言える。
こうした時間はたまにはいいものだ。
普段から人との付き合いから離れることはなかなかできない。
なにかするにしても、常に誰かに見られている。
言わば、監視されているのと同じなのだ。
「バカヤロー!!」
思わず海に向かって叫んだ。
波の音しか聞こえない海岸で大声を出す。
人がいるときにはできない贅沢だ。
それと同時に心に詰まった、見えないストレスが放出される気がするのも事実だった。
僕はいろいろなことから逃げまわって、これまでを生きてきた。
勉強も、部活も、学校生活も。
どれもやらなかったわけではないが、本気で打ち込めなかった。
どこかに逃げ道を探し、楽なほうへ楽なほうへ。
そして気がついたら高校の3年生になっていた。
これからは大学受験も始まる。
今までの用に逃げてばかりじゃいられないけど、このままの気持ちのまま行ったら僕は逃げ道を探し、やりたいことを見つけられないまま後悔を繰り返し続けるだろう。
「はぁ……」
思わずため息がでた。
誰も聞いていないため息。
いつも何かを考えて、どうにも答えが出ないときにでるため息。
ため息をつく前にがむしゃらに行動する度胸も僕には無い。
やれるだけやって、駄目ならそれでいいじゃないかと割り切ることも出来ない。
自分自身の情けなさを表しているものが僕のため息だ。
「昔は楽しかったなぁ……」
ため息をつくと、必ず昔の自分を思い浮かべる。
それは決まって小学生の頃。
まだ無邪気に山や林を走り回っている頃の自分だった。
学校が終わったら毎日、すぐに家にランドセルを置いて、誰かと走り回っていたあの頃の事。
あの時作った秘密基地はどうなったのかなと考えたりする。
いつからみんなと秘密基地に行かなくなったのかまでは覚えていない。
あの頃は何でもやれたなって思うと心が楽しくなる。
昔を思いながら腕時計に目をやった。
11時30分。
心に残っている12時まではまだ30分も時間がある。
ぐうぅぅぅ〜〜〜。
お腹がなった。
そういえばもうお昼ご飯の時間だ。
家を出るときに食パンを1枚かじったきり何も食べていない。
お腹が減るのも無理はなかった。
僕は海岸から街のほうへ、防砂林で囲まれた1本道に足を向けた。
防砂林の根元は、風で飛ばされてきたであろう砂がちり積もっている。
1本道を進んで真ん中あたりに差し掛かったとき、街のほうから歩いてくる人影が見えた。
こんな時期に海水浴にくる人はまずいない。 たぶん地元の人だろう。
距離が近くなっていくにつれて、人影がはっきりしてきた。
女の人だ。
歳は僕と同じかちょっと下ぐらい。
その女の人は麦藁帽子を抑えながらゆっくり歩いている。
僕と目が合った。
女の人は歩いたまま軽く会釈するとそのまま通り過ぎていった。
僕は思わず立ち止まって女の人の後ろ姿に見入っていた。
なぜかって?
可愛いかったからさ。
よくは見えなかったけど、整った顔立ち。
背中の中央ぐらいまで伸びる長いサラサラの髪。
清楚可憐ってこの人のためにあるんじゃないかと思うぐらい綺麗だった。
声をかけてみればって?
言っとくけど声をかける度胸なんてないぞ。
誰かに突っ込み入れていると、お腹がまたぐうぅぅぅ〜〜〜って鳴った。
女の人見ていてもお腹いっぱいにはならないぞって抗議だった。
はいはいわかりましたよ。
名残惜しく後ろ姿を見送ると、僕は街に向かう足を速めた。
街は流行っているというよりも寂れているといったほうが似合っている。
駅前の商店街ですら開いている店は3軒に1軒程度とかなり少ない。
すれ違う人も数える程度だ。
商店街の中にあったコンビニでおにぎりと飲み物を買い、僕は再び海岸の方へ足を向けた。
時間は11時50分。
海岸はやはり静かだった。
さっきの女の人も見当たらない。
声かけときゃよかったなぁって、こういうときはいつも思う。
後悔先にたたず。
本当にその通りだ。
僕はその場に座って買ってきたおにぎりを1つ取り出してパクついた。
シャケおにぎり。
いつもと変わらない味だ。
立っているときと少しだけ違って見える世界はやけに広く感じた。
広い空と広い海。
夏ならば自分も開放的になるだろう。
おにぎりを食べ終えると、僕は後ろに体を倒し寝そべった。
今度は空だけが広がっている。
鳥だけしか飛べなかった空だ。
人間は鳥に追いついた。
そして追い抜いた。
しかし寝そべって見る空には、とても人間が自由に飛べるような気がしない。
文明とは恐ろしいものだ。
その文明の力を示すものを僕は再び見た。
ちょうど12時だった。
何かあるのかと辺りを見渡したが、特に何かあるとは思えない。
逆に何も無いのだ。
・・・・・・・・・・・・。
1分ぐらい辺りを見渡した。
やっぱり何も無い。
どうやら自分が勝手に思い込んでいただけのようだ。
僕は立ち上がって服についた砂をはたいた。
もう帰ろうかと思ったが、ここまで来て何もしないで帰るとなると、とたんに虚しくなる。
仕方なしに僕は海岸を散歩することにした。
少し歩くとテトラポットが置いてある入江が目に入った。
釣りをするならいいかも。 たしか商店街に向かうときに貸し釣具屋があったな。
僕はのんびりと入江に近づいていった。
さっきは気がつかなかったが、テトラポットの上に人影が見える。
よくは見えないが、その人影の頭には麦藁帽子がかぶっているようにも見える。
さっきの女の人だ!
僕はゆっくりとテトラポットの方へ近づいていった。
もし声をかけるならどうしようかなと考えながら。
女の人を確認できる距離まで近づいた。
すると女の人は唐突に靴を脱ぎだした。
そして、何か紙らしきものを取り出したのだ。
僕の頭に1つの式が導き出された。
靴を脱ぐ+紙(遺書)=自殺
まさかな。
しかしこの式が導きされたとき、彼女はテトラポットに腰を下ろした。
本気かよ!
「自殺はだめだー!!」
僕は叫び、とっさに走り出した。
目の前で自殺でもされたら毎晩夢に出てくるだろう。
それだけは嫌だ。
その一心は、見知らぬ女性に話しかける度胸よりも強かった。
女の人は僕の叫び声が聞こえたのかこっちに振り返った。
そして怯えた表情を見せた。
そりゃそうだ。
見知らぬ男が叫びながら自分に向かって走ってくるのだから。
「ちょっ、ちょっと!? なんでこっちにくるんだぁぁぁぁぁぁ!!」
女の人は悲痛に似た叫び声をあげた。
あと少しで女の人の腕に手が届く。
その一歩手前、僕はつまずいた。
点数をつけるなら10点満点を取れるほど見事にすっころんだ。
足元はよく見ようぜと、出っ張ったテトラポット君が笑っていた。
ニヒルな笑いだった。
世界がゆっくり動いているのが確認できる。
そしてすっころんだ先にいるのは怯えている女の人。
ちーん。
当然僕は女の人を巻き込む形にして海に落ちていった。
自殺に付き合うとは最悪な事になってしまった。
どうせ死ぬならビックリマンチョコを腹いっぱい食べてから死にたかったな。
そんなことを思いながら、僕の意識は次第に薄れていった。
気がつくと空が広がっていた。
さっき寝そべりながら見た空だ。
ただ青かった。
なんで寝そべっているのかは僕のぼ〜っとした頭では検討がつかない。
「やっと起きたようだな」
誰かの声が聞こえた。
その声の主を確かめようと僕はそっと体を起こした。
「あ、まだ起き上がっちゃだめだぞ」
その声は、僕が体を起こそうとするのを止めた。
誰の声だかはわからない。
ただ、ごく最近聞いた事のある声だ。
その声の主はそっと僕の顔を覗き込んだ。
どうやら女の人のようだ。
その女の人は天使みたいな微笑を浮かべている。
しかし顔の端っこに、怒りマークがついているのも事実だった。
よく見ると女の人の服がびしょ濡れなのだ。
服が透けて下着が見えた。
白だった。
ちょっと鼻血もでた。
思い出した。
どうして気を失っていたのか。
どうして女の人の服がびしょ濡れなのか。
「あ、あの・・・・・・その・・・・・・」
僕が何か言おうとすると、女の人はにっこりしながら拳を振り上げた。
ゴキッ!
鈍い音がして僕はまた気を失った。
今度は茜色の空が広がっていた。
何があったか記憶は飛んでいるが、頬の痛みから殴られたんじゃないかなと思う。
「いてててててて・・・・・・」
頬を押さえながら体を起こして辺りを見渡した。
水平線の向こう側に夕日が沈んでいる。
結構な時間僕はここで伸びていたのだろう。
そういえばあの女の人はどこに行ったんだろう?
辺りをもう一度よく見渡した。
しかし女の人の姿はどこにもなかった。
まさか自殺したんじゃないかと頭によぎったが、頭を振ってそれを忘れようとした。
まだ希望はあるはずだ。
僕は立ち上がると再び入り江に足を向けた。
女の人はいなかった。
遅かったかと思いテトラポットに登ったが、自殺した跡はなかった。
靴もなければ、遺書らしき紙もない。
もちろん流されたんじゃないかと思って海の中も見たけど、やっぱり何も見つからなかった。
女の人はきっと帰ったんだろう。
そう思うと気持ちが少し楽になった。
さっきの腹癒せにと、テトラポットの出っ張りを思いっきり蹴ってやった。
足が痛くなっただけだった。
出っ張りは、まだまだ甘いぜ坊やとニヒルに笑っているように感じた。
海岸に戻る途中、海を見ているであろう人影に気がついた。
シルエットとして見える麦藁帽子。
間違いなくあの女の人だということを物語っている。
僕が近づくと女の人は僕の方に振り返った。
その顔から怒りマークは消えていた。
「お前が私を海に突き落としたのと、私があなたを殴ったのでチャラだよな」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、でも私がお前をを助けたんだからその分も残ってるよな。 その分はどうする? ご飯でもおごってくれるのかな?」
すごく強引な人だった。
おまけに中途半端に男言葉を使っている、ちょっと変わった人。
初対面で名前も知らない人にここまで言えるのは並大抵の人じゃない。
「お前は私のこと強引だの、ずうずうしいだの思ってるだろ? 顔に書いてあるぞ」
その女の人は笑いながら言った。
僕の心は完全に見透かされている。
もはや逃げられる気がしなかった。
「それで許してもらえるなら・・・・・・」
結局僕はその人の言いなりに食事をおごらされる羽目になってしまった。
外見と中身は必ずしも一致しない。
ちょっとだけ大人になった。
ノミの一歩だった。
「へ〜、お前って高校3年生だったのか。 そりゃ意外だな。 私なんか中学3年だぜ」
意外で悪かったな。
僕はその言葉を飲み込んだ。
言ったらまず殴られることは見えている。
結局その変わった女の人に海岸近くのファミレスまで引っ張ってこられたのだ。
「まぁ、意外でも何でもいいけどお前って呼ぶのやめてくれよ。 仮にも僕は年上だぞ」
殴られた。
電光石火の右ストレートだ。
「お前の名前なんか知らないから、お前以外に呼び方が思いつかなかった。 文句あるか!」
文句はないから殴らないで欲しい。
これも言葉を飲み込んだ。
「僕には、天野太郎って名前があるんだ」
「じゃあ、『あまたろう』な」
小学校の頃、毎日からかわれたあだ名を再びつけられた。
しかも見知らぬ人に。
ちょっと悲しくなった。
「私は春山牧子。 電話番号は教えないぞ」
「じゃあ、『はるまき』だね」
また殴られた。
今度は左ストレートだった。
「でもよ、あまたろうはなんで海岸にいたんだ?」
僕は正直に答えるべきか迷ったけど、とりあえず一部始終話した。
「なるほど、心の声ってわけか。 私は紙やら仏やらってのは信じないからわからんが、そういう世界もあるってことだな」
はるまきはうんうん頷きながら言った。
「じゃあ、僕も聞いていいかい?」
「ん? スリーサイズと電話番号と住所以外ならな」
「・・・・・・・まぁそれは置いといて、春山さんはなんで海岸にいたの?」
「ま、まぁ、その、それはアレなわけで・・・・・・」
はるまきは言葉を詰まらせながらもじもじしだした。
見るからにはるまきは何かを隠しているようだ。
1人でもじもじしていたら今度はうつむいてしまった。
「あの、誰にも言わないでくれよ」
はるまきは僕にそっと顔を近づけて小声で言った。
その顔はゆでだこみたいに真っ赤だった。
「実はこれなんだよ」
はるまきはそっと白い紙を差し出した。
昼間、僕が遺書と見間違えた紙だった。
「なにこれ?」
「まぁ読んでみてくれよ」
紙には子供の字でこう書かれていた。
『10わんごのさょう、またああうね。 そしたらけっこんしようわ』
ちょっと間違った平仮名の文章が書かれた紙の裏には今日の日付が、これまた数字と平仮名で書
いてあった。
「『10年後の今日、また会おうね。 そしたら結婚しよう』、か」
「ああ。 昨日部屋の模様替えやってたら机の下からでてきてな。 会うのにドキドキしちゃってな。私ってこんなだから」
はるまきは僕の方を見ながらさっきよりも顔を赤らめてもじもじしている。
こういうところはまだまだ中学生だなって感じ、可愛く思えた。
「残念ながら僕じゃないよ。 さっきも言ったけど、僕はここに来るの初めてだから」
はるまきはゆでだこでなくなった。
それと同時にちょっと残念そうな顔をした。
「ま、まぁ、私にこんな文章送ったやつだから、きっとあまたろうよりカッコいいはずだな。 このことは誰にも言うなよ」
はるまきはそう言うと僕から紙を奪い取った。
「春山さんに手紙渡した人の名前ってわかる?」
「わからん。 手紙見つけるまで忘れてたんだから、名前を覚えているわけないだろ?」
「そっか」
はるまきと僕は学校のこととか世間話とか自分たちのこととか何気ない会話をしながら、運ばれてきたご飯を食べた。
ちょうど会話が途切れ、話す内容はなにか無いかなと僕が考えていると、はるまきは外を眺め何かを考えているように見えた。
その後はるまきは、店を出るまで口を開かなかった。
食事を済ませて店を出ると、外は完全に日が沈んでいて真っ暗だった。
「いや、ごちになったな。 ありがとよ」
「こっちこそ助けてもらってありがとう。 記憶にはないけど、一歩間違えたら死んでいたっておかしくなかったから」
ははは、とお互いに笑って僕らは別れた。
はるまきの家はここから近くにあるとの事で、僕を駅まで送ってくれた。
僕は切符を買ったが、どうしても心の中に残った言葉が気になって帰る気にはなれなかった。
結局、僕はもう一度海岸に足を向けた。
12時。 午後の12時と午前の12時。
午前の12時は正確には過ぎてしまっているけど、もしかしたらってこともある。
海岸に座って海を見つめる。
星が瞬いてはいるけれども、昼間とは違った漆黒の闇が広がっている。
それが恐怖を蔓延させている。
吹く風もさわやかな風から、体を凍らせるような冷たい風に変わっていた。
12時まではまだ3時間もある。
でも海岸から離れる気がしなかった。
この心のどこかで引っかかった謎を解くのが先決だった。
考えられることは全部考えた。
はるまきのように僕も手紙を貰っていて、それでここに来なきゃいけないのかって思っていたのか。
それとも、誰かに頼まれたのか。
手紙についてはあり得ないと思う。
偶然でもはるまきの持っていた手紙と日と時間が重なるわけがない。
仮にそうなら、はるまきとあった時点で心に引っかかったものは取れるだろう。
やっぱり誰かにここに来るように言われたのじゃないだろうか。
そう考えるのが自然だ。
夢に出てきた男が、実ははるまきに手紙を送った人物じゃないのだろうか。
物語ならそれでつじつまを合わせばいいと思うけど、はるまきがもらった手紙は10年前に子供が書いたものだ。
僕の夢に出てくる男はどう見ても僕と同じ年代かちょっと下。
子供の字と考えるとあまりにも不自然だ。
それにあの男を僕は知らない。
・・・・・・・・・・・・。
まぁ、いいか。 12時なれば全部わかるだろうさ。
僕は寝そべって星の海を眺め続けた。
はるまきは部屋に戻ると、本棚からアルバムを取り出した。
その1ページ1ページには14年と数ヶ月分の自分の記録が載っている。
最初の1ページからはるまきは写真を眺め始めた。
2ページ、3ページと捲っていく。 その中で、ふと気になる部分があった。
『近所の浜でせいちゃんと』と書かれた紙の上には写真がなかったのだ。
はるまきはアルバムを本棚に戻し、自分の机の中に大事にしまっている、古ぼけた箱を取り出した。
宝物を大切に保存している箱だ。
古ぼけた箱を開けてひっくり返すと、その一番上に写真が一枚姿を現した。
その一枚の写真を握り締めるとはるまきは部屋を飛び出した。
星空に陰りが映った。
どうやら人の影みたいだ。
僕は寝そべりながら後ろの人影を見ようと首を後ろに下げてみた。
真っ暗に包まれた中に微かに見えたものは白色のものだった。
パンツ・・・・・・。
僕はまたまた気を失う予感がした。
その予感を裏切ることなく、僕はまたまた気を失う事になった。
気がつくと夢の中だった。
周りの世界がはっきり見えなく、自分の体は浮くように軽い。
ただ精神だけがはっきりしている。 そんな感じだった。
そして自分がいる場所は昔よく遊んだ山の中だった。
そこには2人の少年がいた。
1人は自分が1番知っている子、昔の僕だ。
そしてもう1人は自分と1番仲がよかった子だった。
昔の僕は木の上に作られた秘密基地に登る子に声をかけていた。
「せいじー、木の枝折れそうだよー。 登るのやめよーよー」
「だいじょーぶだって」
せいじと呼ばれた少年は、昔の僕の言葉を無視して木に登っていった。
昔の僕は木の上を見上げながら不安そうな顔をしている。
僕はこの先に起こる事を知っている。
木の枝が折れて、せいじが落下するんだ。
そしてせいじは・・・・・・
「目が覚めたか、スケベたろう」
気がついて1番初めに見えたものは、はるまきの少しだけ怒りのこもった顔だった。
「いきなりスカートに顔突っ込んでくるとは思わなかったぞ。 まったく、パンツが見たいなら見たいって言えばいいだろ。 言っても見せてやんないけどな」
はるまきは笑いながら言った。
少しずつ意識がはっきりしてくると、僕ははるまきに膝枕してもらっているということに気がついた。
「はるまき……」
「ん? はるまき?」
「い、いや、なんでもないです。 でも、なんで春山さんがここに? そうだ、時間・・・・・・」
「まだ動くなって。 頭がぼーっとしてるんだろ?」
起き上がろうとすると、はるまきは僕の頭を抑えて静止させた。
胸が高鳴った。
「時間は大体12時ぐらいだぞ」
「もう12時か・・・・・・」
結局僕が予感していたことは何も起こりそうに無かった。
夢に出てくる男の事も。 この場所の事も。
もうどうでもよくなってきた。
わからなくてももう悩まされることは無い。
なぜかそう実感できた。
「あ、そうだ。 あまたろう、この写真の子を知ってるか?」
僕ははるまきから写真を受け取った。
小さな男の子と女の子が砂浜で山を作っている写真だった。
女の子ははるまきだろう。
そして男の子は・・・・・・。
全身から汗が噴出す思いがした。
僕の中で全ての事が繋がったのだ。
「いや・・・・・・知らない・・・・・・」
僕は咄嗟にこう答えてしまった。
なぜこう答えてしまったかは僕でもわからない。
「そうか・・・・・・知らないのか」
はるまきの残念そうに呟いた言葉が胸に響いた。
顔にはうっすら涙が浮かんでいた。
その涙が僕の心をさらに締め付けた。
「結局あまたろうもここに来た意味がわからないままだったな」
「・・・・・・ま、まぁ、春山さんに会えただけでも来た意味があったよ」
嘘をついている事が僕の言葉をつまらせた。
はるまきは不思議そうな顔で僕を見ていたが、最後は笑顔で送ってくれた。
その笑顔は僕の心の痛みとなって、残り続けることになった。
僕が自分の街に戻って一週間。 結局あの日のことを胸に残したまま過ごしていた。
もう夢に男は出てこない。
悩みは解決したはずだが、割り切れない思いが心に残ることになった。
もう一度夢に出てきて欲しいと願っても会うことが出来ない。
はるまきはどうしているんだろうか?
はるまきの涙と笑顔があの日から僕の胸を締め付けるようになった。
なぜあの時本当の事を言えなかったのか。
毎日同じ事を自問自答し、毎日答えを出さないままとなった。
これじゃあの日の自分と何も変わらない。
自分自身が本当に嫌になった。
僕はいつもの通学路をいつものように歩いて登校し、いつもの通学路をいつものように歩いて下校する。
そのいつもの下校途中にちょっとだけ変化が起こる日が訪れた。
曲がり角で人とぶつかった。
「きゃっ!」
声からすると女の人のようだ。
「あ、大丈夫ですか?」
僕が手を差し出すと、その手は強く握り締められた。
いや握り締めるというよりも、握りつぶすと言ったほうが適切と言えるほど力が込められている。
「お前、どこに目がついてんだよ! 前ぐらいしっかり見て歩こうな」
その声の主を間違えるはずも無い。 はるまきのものだった。
「は、春山さん・・・・・・」
僕が1番会いたかった人、そして僕の悩みを解決させるための人だった。
「お、あまたろうか。 ちょうどよかった、お前の家に行くところだったんだよ」
「僕の家に?」
なんではるまきがここにいるんだろうか?
しかし今の僕にはどうでもいい事だった。
はるまきに会えた事だけが純粋に嬉しかった。
「行きたいところがあるんだ。 案内してくれな」
「行きたいってどこに?」
「山」
はるまきを連れて僕は山にきた。
僕が昔よく遊んでいたあの山、そしてはるまきが連れて行けといったところは秘密基地のあった場所だった。
秘密基地に続く道は、今は人が通ってないらしく道をかき分けて進んでいくしかない。
僕の後ろをはるまきは無言でついてくる。
僕も何を話したらいいかわからなく、ただ進むしかなかった。
だいたい50メートルも進むと秘密基地の跡地の木が見えた。
折れた枝は見つからないが、木は昔のままの形で残っていた。
はるまきは鞄から線香を取り出しライターで火をつけると、しゃがんで念仏を唱えるかのように手を合わせて目を閉じた。
僕ははるまきをただ見続けていた。
「あまたろうは写真の子の事知ってたんだよね?」
はるまきはしゃがんだまま振り返らずに僕に言った。
「・・・・・・・・・・・・うん」
「何で言ってくれなかったの?」
はるまきはさらに続けた。
「それは・・・・・・・・・・・・」
僕はなんて言ったらいいかわからなく頭をかいた。
「誠司君のおばさんから全部聞いたの。 あまたろうが誠司君と友達でいつも遊んでたこと。 誠司君がここで木から落ちた時もあまたろうが誠司君と一緒にいたことも」
「・・・・・・・・・・・・」
「何で教えてくれなかったんだよ! 答えろあまたろう!」
はるまきの怒鳴り声は涙声だった。
はるまきは泣いていた。
あの時見た涙よりもずっと深い悲しみがはるまきの顔に映っていた。
「・・・・・・全てが・・・・・・終わるから」
「あ、聞こえねーよ! ちゃんと言えよ!」
「全てが終わっちゃうからだよ! 僕の夢の事も、はるまきに会った事も!」
僕はこんなに怒鳴ることができたのかと思えるほど、大声で怒鳴っていた。
「終わっちゃいけねーのか!」
はるまきも負けじと怒鳴っていた。
「終わっちゃ駄目なんだ! 僕、いや俺ははるまきの事好きなんだ!」
「な、な、な・・・・・・」
はるまきの顔が紅く染まっていった。
茹蛸もびっくりなほど真っ赤になった。
「ゴメン!」
はるまきは走り去っていった。
しかし僕は追わなかった。
僕の気持ちをはるまきに伝えられた。それだけで十分だった。
明日から前に進める。
新たな自身が僕を後押ししてくれた。
夏休み、僕はまたあの海岸を訪れた。
はるまきに会ったあの海岸。 自分を強くするきっかけを作ってくれたあの海岸。
夏の海岸はあの日とは違い、海水浴の客で溢れている。
僕は入江に向かって歩き出した。
少しだけ期待していたけれども、期待通りにはいかなかった。
入江には誰もいない。
テトラポット君は「成長したな」と言っているようだった。
僕は入江の先端に腰掛けて空を見つめていた。
空の青さが清清しかった。
僕は目を閉じて大きく息を吸った。
だから僕は後ろに誰かが近づいているって気がつかなかったのだ。
「そらよ!」
誰かが思いっきり背中を押した。
誰かといっても声でわかる。 はるまきだ。
海に落とされても僕は怒る気にならなかった。 逆に嬉しかった。
「はは、まさかここに来るとはな。 早くあがってこいよ」
「だったら手を貸してくれよ」
「そらよ」
はるまきが出した手を握ると、僕は海に引き込んだ。
「わ、わっ!」
どぼーん!
僕は落ちてきたはるまきを抱きしめた。
はるまきも僕を抱きしめてくれた。
「あまたろう、私もお前のこと好きだよ。 でもな・・・・・・」
はるまきが手を解いた。
「ん?」
「私をはるまきって呼ぶな!」
結局僕は最後も殴られて気を失うのだった。
おしまい
後書
たしかノートやプリントを整理しているときに発見した物に手を加えて書いた作品です。
しかし、書きあがったものは私の考えていたものとはまったくの別物に(笑)
でもこれはこれで気に入っているので。
特に「あまたろう」と「はるまき」の名前がお気に入りとなりました。
追記(2004年1月12日)
青いなぁ、俺・・・・・・・。
若さはいいもんだ。
読んでいて突込みどころ満載でしたよw
でもまぁ、修正すると話ががらっと変わる気がするのでこのまま放置決定。